「非関税障壁の撤廃」は想像以上に大問題 【TPPについて(その4)】

 さて、TPP問題について考える第4回目。


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 今回は以前から書こうと思っていた、「非関税障壁の撤廃」問題について考察してみたいと思います。

 関税とは輸入品に税をかけて自国内の産業を保護すること。値段が安い外国産の商品が国内に出回ると、自国内の同形態の産業の商品が売れなくなり、壊滅してしまいます。それを防ぐために税をかけて価格の差を可能な限り無くし、競争力を間接的に支援するのが関税の意義です。

 余り良い例では無いのですが、有名で分かり易い例なので紹介します。ミャンマーから輸入されるこんにゃく芋には1700%もの関税がかけられています。日本国内でキロ当たり120円のこんにゃく芋が、ミャンマーではキロ当たりわずか9円といいます。これを価格で比較したら勝敗は明白で、自由競争すれば日本のこんにゃく農家は全滅でしょう。そこで高率の関税をかけることで保護している訳です。



 では「非関税障壁」とは何のことなのか? この連載の第1回目で書いたその部分を再掲します。

 (TPPとは)具体的に何をしようとしているのかというと、参加国の間では関税(輸入する時に自国の産業を保護するためにかける税金)を廃止し、さらに知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどに至るまで、全ての非関税障壁を撤廃し自由化するという協定です。


 「非関税障壁」とはその名称通り、関税以外の方策で外国からの経済的参入を防ぐ壁のことを言います。「障壁」というからには、自由貿易を推進する立場からすれば「邪魔な壁」ということです。


 例えば労働規制(という「障壁」)を撤廃すればTPP参加国の外国人労働者が自由に日本国内に流入して来ます(労働力の移動自由化)。そうなると間違いなく、日本国内の労働条件は悪化します。参加国のうちの一つ、ベトナムを例にとると、平均月収は5千円ほど。日本の最低賃金は彼らの20倍以上になります。安い賃金でも働く外国人が流入すれば、企業は高い賃金を払って日本人を雇うこともしなくなります。最低賃金は上がらないまま、日本人の失業者が増加することになるでしょう。



 さらに投資と金融の方に目を向けてみましょう。これは当初のTPP参加国間では俎上に上がらなかったモノですが、アメリカがTPP交渉に参加すると表明してから追加されました。つまりアメリカの肝入りという訳ですね。アメリカがやりたいこと」と言い換えてもいいでしょう。

 郵便貯金や簡易保険などは、現行法では日本国内での運用のみ資金運用が許されています。これはアメリカにすれば、非関税障壁と呼べるのです。日本の国内法のせいでこっちに投資されるべきものが日本国内だけで回っていると難癖を付けることも可能なのです。……というか、確実に難癖を付けて来るでしょう。350兆円もの郵便貯金や簡易保険が預金者や加入者の同意を得ることも無く、アメリカの株式や投資などのマネーゲームに回されることになってしまいます。



 私たちにとって誰もが一番身近に考えられる例として、最後に医療サービスについて考えてみます。日本は国民皆保険制度という素晴らしい制度によって国民の健康が守られています。これは憲法25条にも明記された「健康で文化的な最低限度の生活」に合致した理念です。

 一方アメリカにはそんな制度がありません。高い医療費を支払うことが出来ない人は病院にも行けず、あたら助かる命も失いかねないというのが現状です。その惨状はマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」で描かれていますので、ご存じの方も多いでしょう。




 そんなアメリカですから、民間の医療保険制度が発達しています。そういったアメリカの民間保険会社が日本で商売しようにも、前掲の国民皆保険制度が邪魔になります。この場合のアメリカの保険会社にとっての非関税障壁は日本の国民皆保険制度です。

 米韓FTAのお話の時に、ISD条項とNVC条項という制度を説明しました。この理念はTPPの中にも含まれています。つまりアメリカの保険会社が日本で営業できないということを不満に思えば、国際投資紛争解決裁判所に提訴することができるのです。

 これは米韓FTAの時と同じ条件で、裁判所の判断基準はあくまでも「自由貿易のルールに則っているかどうか」だけで、日本人の健康や安全、健康保険というものについての歴史や理念などは全く考慮の対象にはなりません。極めて事務的・機械的・机上的に処理されるのです。そして裁判の結果、日本政府が負けたら賠償金を支払う義務が生じます(あるいは国民皆保険という素晴らしい制度を廃止するという選択肢。日本にとってはどちらも地獄です)。自由貿易のルールのみが争点なのだから、提訴されたら負ける可能性もかなり高いでしょう。FTAを飲んだ韓国人の姿を対岸の火事と笑ってはいられないのです。


 さらに「混合診療」という問題も指摘されています。混合診療とは、保険で認められていない医療(最先端の医療で保険の認可がまだ降りていないような医療など)を、保険が適用される医療と同時に行う行為のことで、現在の日本では認められていない診療制度のこと。現状でこの医療行為を行うと、全額保険適用外(自己負担)となります。

 つまり非常に高額の負担になる訳ですね。だから混合診療を受けようとする人はあまりいません。しかし最先端の医療を売り込みたいアメリカの製薬会社などにとっては、どんどん受けてもらいたいのです(これも彼らからすれば、日本の非関税障壁)。

 混合診療が行われるようになれば、自由診療(自己負担)の部分が多くなり、保険適用部分の範囲が狭まると考えられています(増加し続ける国負担の医療費抑制のため)。アメリカの様に、経済的に余裕がある人以外は最低限の医療しか受けられなくなるという状態になりかねません。



 しかも、です。

 TPPに参加することによって引き起こされる可能性のあるそれらの医療制度悪化の不安に対し、政府与党の民主党は当初「TPP交渉の中に公的医療保険制度のあり方そのものは議論の対象となっていない」と大嘘を吐いていました。

  • 11月2日分の読売新聞より引用

TPP交渉参加でも、皆保険制度を維持の姿勢

 外務省は2日の民主党経済連携プロジェクトチーム総会に、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加問題に関し、「仮に交渉に参加し、公的医療保険制度に関連する事項が議論されることになった場合でも、政府としては、国民皆保険制度を維持し、必要な医療を確保していく姿勢に変わりはない」と明記した資料を提出した。

 「交渉においては、公的医療保険制度のあり方そのものは議論の対象となっていない」ことも改めて強調した。
(2011年11月2日20時33分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111102-OYT1T01060.htm

  • 上記記事の5日後の11月7日分の毎日新聞より引用

TPP:「混合診療」議論の可能性 民主慎重派が不満

 民主党経済連携プロジェクトチーム(PT)は7日の役員会で、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加問題に関し、8日の役員会で政府への提言案を作成し、9日の総会に示す方針を決めた。ただ、役員会に先立って開かれた7日のPTの総会では、保険診療保険外診療を併用する「混合診療」の全面解禁がTPPで取り上げられる可能性を政府側が初めて認め、「国民皆保険制度の崩壊」を懸念する慎重派の抵抗が一層強まりそうだ。

 PT総会では、これまでの疑問に回答する文書を政府側が配布。混合診療に関し「議論される可能性は排除されない」と説明した。日本医師会は従来、混合診療解禁で公的医療保険制度が崩れるとして反対しているが、「仮に議論されても、国民皆保険制度を維持し、必要な医療を確保する姿勢に変わりない」と慎重派に配慮した。また、文書は公共事業で国や自治体が示す入札公告に関し「英語での作成を求められる可能性がある」とした。

(後略)

毎日新聞 2011年11月7日 21時16分(最終更新 11月7日 22時07分)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111108k0000m010070000c.html

赤字青字は引用者)


 5日前には「議論の対象では無い」と言っていたくせに、後になって混合診療の全面解禁が取り上げられる可能性を認め」ました。それでも「国民皆保険制度を維持し、必要な医療を確保する姿勢に変わりない」と言っていますが、じゃあなぜ最初に隠したんだという話です。これは9月16日にはアメリカから打診があった話だということがTPP反対派の長尾たかし民主党衆院議員の発言から発覚しています。ウソがばれての釈明以外の何物でもないでしょう。こんな連中の言うことが信用できますか?


 さらにTPP推進派の代表格の毎日新聞が上記引用記事で最後にさらっと触れている青字の部分「英語での作成を求められる可能性がある」の部分が気になったので調べてみました。すると、非関税障壁の中に「言語障壁の撤廃」という条項が含まれていることが分かりました。上記記事で言えば、外国の事業者が公共事業に入札するのに日本語では難しいということが理由でしょう。

 つまり、日本語という言語すら障壁とみなされ、公用の場では日本語を使うことが禁止されてしまうことにもなりかねないのです。これは今気になったので調べたところ判明したもので、当方にとってはまだ勉強不足なのですが、もし実行されたとしたら大変なことです。


 恐ろしいことです。調べれば調べるほど、TPPはヤバいと思わされます。日本語という私たちの言語まで非関税障壁にされる可能性があるとは……(もしTPP参加が不可避なら、嫌がらせも兼ねて国際共通語のエスペラント語で書いちゃえ)。毎日新聞もアリバイ作りのように軽く触れるだけでなく、ちゃんとそのことを詳しく書けと言いたいですね。いくらTPPに賛成だからとしても、都合の悪いことを読者に極力伝えないという最低の行為だと思います。



 本日、民主党は「TPPの素案」をまとめるそうです。野田佳彦首相はAPECで参加表明するのでしょうか? G20という舞台で勝手に消費税増税国際公約するというふざけた独裁者っぷりを発揮した彼なら、これだけ心配され、不安視されているTPPにも躊躇なく参加表明しそうですが。

 まだまだ勉強不足を感じます。TPPに関する問題点は、気付き次第またエントリーで取り上げたいと思います。



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